文鳥とピアノ

少しだけお付き合いください

手をつなごう

大学はそんなに嫌いではない。

一年生の頃は好奇心旺盛で色んな授業を取っていたし、二年生には単位のほとんどすべてを取り終え、今や残るは卒論のみ。講義に対して興味が尽きることはなく、良き理解者でもある友達に恵まれ、金銭には困らない。

 

だが私は、大学を良く休むことになった。

取っている講義の数が激減したことや、一人で授業を受けるようになったこと、空気が合わない研究室、青年期特有の自意識の寄せ集めのような部室、引き籠り気味な親友。それらすべてはきっかけに過ぎない。本当の理由は心の奥底に埋められていて、未だ萌芽しない、するかもわからないが、したら鉢ごと崩れ落ちそうな危うさを抱えている。

 

しかし社会人へのカウントダウンは刻々とそれを促し、無情な時間の流れが私を内なる方へと追い詰めるのを感じた。心の中の種は戸惑いと反感とかつてない生き難さを誘い、朝を迎える事すらままならない。世間にそれを、モラトリアムの一言で片づけられるのは、あまりにも悔しい。

 

だから、全部天気のせいにしよう。夜の海を見つめすぎるのは、星がきれいだから。外に出たくないのは、北風が冷たいから。目の前のものが良く見えないのは、陽が眩しいから。

 

うまく生きられないのは、空が灰色だから