文鳥とピアノ

少しだけお付き合いください

誰が為に働く

ショッピングモールで買い物してたら、いつの間にかサービスカウンターでポイントカードを作ることになった。

 

ポイントカードは概して嫌いだ。カード自体溜まりに溜まって置く場所にも困るのに、肝心のポイントは雀の涙だったりする。極力ポイントカードは作らないようにしているが、作ってしまったものは仕方がないのだ。

 

私は渡された紙に名前と住所と使わなくなった古いメールアドレスを書き込み、目の前のサービス係に渡した。50代くらいの女性で、顔には皺が目立ち始めている。化粧は薄いが口紅の発色はきちんとしており、グレーの制服、青いスカーフも含めて全体的に心地よい清潔感を感じられる。若くない分語り口は落ち着きがあって上品だった。彼女は丁寧に微笑んで私から紙を受け取った。一字一句を確認しながら、パソコンに打ち込む作業に取り掛かった。

 

退屈な待ち時間の間、私は彼女のあまり速くないタイピングを眺めながら、その人の家庭や子供、余暇や人間関係について想像することにした。子供はいるのかどうか分からないけど、いるとしたらきっと私と同い年くらいなのだろう。夫はパチンコに入り浸り、女手一つで家庭を支えている可能性もある。彼女の同僚はおよそ一般的なオフィスの事務職と同じ様に、20代〜50代と年齢の幅が広く、表面上は和気藹々と、それでいて皆必要以上に干渉せず距離を保った付き合いをしているのだろう。彼女らはそれほど仕事が好きという訳ではなく、マニュアルに沿った客対応とデータの打ち込み、無駄な朝礼と会議を続けている毎日だが、もう慣れてしまっただろう。疲れと裏腹な営業スマイルも板につき、ロボットのように決まった会話を繰り返す。

 

何故かその日、私は彼女のマニュアル通りの言葉や微笑み、カタカタとキーボードを打ち込むのを目の当たりにして、とても言い知れぬ安心感のような感情が生まれた。安心感に加えて尊敬や、有難みとそれ以上の様々な感情が混ざり合い、上手く掴み取れないが非常に優しい気持ちになれたのだ。

 

私は彼女を通して彼女の同僚を、そして世の中の働く人を見た気がした。辛さや息苦しさ、不満を全て抱え込み、そしてそれらを笑顔や言葉で慎重に隠して自分を保っているのだ。社会という巨大な歯車を回すという要求の元、自分を含め誰かの幸せを守る目的の元、働いているのだろうか。それを想像すると、すごくほっとした気分になったのだ。私たちは自分がひとりぼっちの存在だと思いがちだが、その大きな歯車を通してお互いと繋がっている。

 

想像することはとても面倒で疲れることだ。だけど想像しなくてはいけない、そんな気がした。私はポイントカードをデザインする人間や材料を集める人間、それを工場で作る人間、トラックで運ぶ人間のことを考えた。

 

彼らはどんな顔で仕事をしているのだろうか。どんな事を思いながら仕事しているのだろうか。どんな夢と現実を抱えながら仕事しているのだろうか。そしていつか仕事の役目を終え、人生の役目を終え、再び皆同じ終点に向かって旅立っていくのだ。