生々流転

日々の生活

弟というジレンマ

今週のお題「ゲームの思い出」

 

弟が初めてゲームを手に持ったのは小学校五年生の頃であり、その頃ひどい肺炎で入院したのをきっかけに父親がニンテンドーDSを与えた。買ったソフトは太鼓の達人マリオカートだった。

 

中学生になると、スマートフォンが欲しいということで、親は中学生には早すぎると言い、代わりに親の携帯を使っても良いとのことだった。弟がスマホを欲しがったのはゲームがしたかったからだ。

 

そうして今に至り、弟はすっかりゲームが好きになって、勉強以外の時間はほぼスマホで遊んでる状態になった。もうすぐ高校入試だが、机に向かう時間は足りない。親のが塾へ通わせる。自宅ではゲームをする。親がもっと学習しろと諭す。喧嘩になる。塾が増える。自宅学習をしなくなる。成績は下がる一方。喧嘩が絶えない。それが実家の毎日だ。

 

親は塾に通わせないと勉強できないと思い込み、子供は益々強制される勉強の時間からわずかな暇をひねり出しゲームをする。本当はどれだけ学習できてるか分からない。毎日五時間ほどの塾の時間はブラックボックスだ。

 

ゲームは弟にとって毒だったのかもしれない。しかしゲームとの向き合い方を学ぶ機会を奪ったのは親だった。機会を与えなかったのも親だった。弟はゲームの主人公と成長することなくいつまでも子供だ。親が片方でもいなくなればいいと危うく思いそうになる。