生々流転

日々の生活

追憶

私の親はあらゆることに慎重で、息子の進路選びに実に思慮深い人達だった。

当時私は高3で、丁度進路選びと受験でいっぱいだった。理系科目は特に得意ではなかったが、文理選択でなぜか当たり前のように理系に進んでしまった。本当は心理学とか文学の方が好きだったのに。文系科目は自分で趣味程度で勉強すればいいと、その時思っていた。

 

私は建築に進む予定だった。

建築を強く勧めてくれたのは美術部の顧問で、本当はそんなに尊敬していた方でもなかったが、私は押しに弱かった。建物を設計したり描いたりするのは好きだったしなんとなく建築という道が見えてきた。

 

そのことを三年の夏くらいに親に言うと、彼らはあっさり認めてくれた。正直こんなにすんなり通してくれるとは思わなかった。

 

一週間後の話である。父親は夕飯のとき、わざとらしく思いついたように、茶碗の中の米を覗きつつ口に掻き込みながら困ったようにこう言った。

「そうだ、この前お父さんねえ、建築関係の進路を調べてみたんだけど...どこもちょっと、ブラックっぽいんだよねえ」

来たよ、またこのパターンだ。いっつもそう。今回だけ例外なんて都合のいい話はなかったんだ。

父親が話すと、母親は大よそ父の味方である。

「そうよ、あなたはデザインがやりたいのでしょ。でもね、建築に行ってデザインができる人なんて一握りよ。あなたがイメージしてる建築家になるのはすごく難しいらしいの。だから、もう少し考えてみない?」

 

私は押しに弱かった。押されてもなく、ただ他人が指一本でちょいと推してみれば、私は簡単に倒れ、流される。自分のはっきりとした意見もなく、ただ人の言葉に身を任せ川に漂う木の葉のように生きていく。父と母の言葉は正論だし、今まで間違いだった事は一度もなかった。きっと間違いはあるのだけれども、少なくとも私の人生の中では、いつも正しかった。それでもいいから、自分はそうしたいからほっといてくれ。とても簡潔で分かりやすい言葉なのに、そう言ったらきっと親もしょうがなくなるだろうに、それでも反対してきたら、ちょっと頑固な自分に戻って突進してゆけばよかっただろうに…私はいつまでも親のボードの上の駒なのだろうか。私は変なところでが頑ななのに、こんなにも弱い。

 

「あなたはもっと、芯の通っている人間だと思ってた。」

好きな先生の言葉が今もはっきりと、頭の中で聞こえるのだ、壊れたテープのように。