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生々流転

日々の生活

先生への手紙

何処へか行かれた我が先生へ

 

前略

 

夏になりました。

 

先生とお別れしてから一年と四ヶ月が経ちます。私は今、浜辺の町でそこそこ楽しい大学生活を送っています。港が見え、山にも登り、都会にも近く、私はかなり恵まれた場所で勉学しているのだと身をもって感じられます。大学はミズナラが茂り、展覧会を伴にしてくれる友達ができ、私は幸せな筈なのです。

 

しかし先生、今頃になっても私は大いに悩んでいます。私は未だに自分がなにがしたいのか分からないのです。思えば何も考えていなかった十歳の頃も、窓の外をぼうっと眺めていた十四の頃も、考えてばかりで勉学を疎かにしていた十七の頃も、私は自分という人物の意図が全く読めなかったのです。これから私は何をなし、何になるのかいつも考えていたのに、迷っては真宵、真っ暗で先が見えなく、きっとあと二、三年もすれば分かるのだと言い聞かせ、残念なことにあれから十年経っても分からないまま今に至りました。

 

先生、私は叱って欲しいのです。先生はあれ程私に「君なら大丈夫」と言ってくれたのに、私は自分を疑ってたこと。私が自分を信じてないというのは、先生を信じていなかったのも同然だということ。気付いた頃に先生はもう学校から去り、私は落ちこぼれていたのだが。

 

夢を掴んだ同級生、我が道を通した友人、越されたライバル。私は毎日それについて考えてるから、何も満足に行かないのでしょうか。体は早く親から離れたく、精神は親に敷かれたレールに乗ったままだから、自分の行先すら見えないのでしょうか。例えばあの時、わがままを突き通していたら結果はちょっと変わっていたのでしょうか。例えばあの時、夢の距離を慎重に測らずただ前だけ見て藻掻いていれば未来はちょっと変わっていたのでしょうか。例えば、夢を諦めた時、先生がいたら…

 

私は先生に会いたいのです。でも、こんな結果となってしまっては、先生に合わせる顔もないのです。そんな私を可哀想だと思ってくださいますか。それとも、「君なら大丈夫」ともう一度だけ、あの時のように、言ってくれるのでしょうか。

    

                                                                   草々