生々流転

少しだけお付き合いください

七つの子

「かーらーすー、なぜなくのー」と女の子は大きい声で歌っていた。彼女の隣には母親がいて、二人は公園の林道を歩いている。平日の公園はかなり空いていて、少女の歌声は木々の間で微かに木霊した。道の向かい側で通りかかる人は少なからず興味を持って、彼女たちのことを控えめに窺ったりした。彼女も彼女の母親も、まるで一旦口から出た声は自分達とちっとも関係ないという風に、少女は歌うことに、母親は歩くことに夢中だった。

「からすのかってでしょー」

母親は今まで娘がそばにいる事さえ忘れていたみたいだったが、やっと自分の娘に目を向けた。母親は初夏の夏に良く似合う、淡い黄緑の半袖ブラウスに紺のスカートを履いていた。二の腕はすっきりしていて、髪の毛をハーフアップできちんとまとめていた。年の割には若く見える装束だったが、化粧は薄く目じりの皺が中年の女性らしさを作り上げた。右手にグレーの小さいカバンを持ち、左手は日傘を差していた。日傘の陰が二人の体を包んだ。母親は低めの白いパンプスを、娘は黒い革靴を履いている。白いパンプスはゆっくり、黒い革靴は速めのリズムで歩いている。

「あら、そんな歌詞どこで覚えたの?」母親は娘に話しかけた。背筋は今まで通りまっすぐに、歩調を落とすことなく、顔だけを少し少女の方に向けた。顔には微かにだけ感じられる、春の陽のようなほほ笑みを浮かべていた。

「かーわいーい、ななーこちゃんが、うたってたーのーよー」

「そうなのね。あの子はまだ、ピアノのお稽古を嫌がっているのかしら?」

「ざんねんながら、そうみたいだよ、マダム」

「マダムというのは、もっとえらいお母さんのことを言うのよ」

「お母さんはえらくないの?」

「お母さんもななこちゃんもえらいね。でももっとえらい人がいるのよ」

「ふーん」女の子は興味なさげにうなずいた。時折ほどけそうでほどけないワンピースのリボンを気にしながら、全く別のことを考えているようだ。

「ななこちゃん、ピアノのレッスンよりも、お絵かきがしたいって言ってたよー」

「知ってるわ」

「なんでレッスンに行かなくちゃ行けないのかなーって。ピアノのがくふを見てると、あたまの中でカエルさんがばくはつするって」

「カエルさんにもう少し我慢してくださいって、お願いできないかしら」

「カエルさんはもうこりごりだって。こりごりのゴリゴリだって。こんどつまんないバッハさんに会ったらなかまを呼んで、バッハさんの巻き毛をめちゃめちゃにしてやるって」

「それはバッハさんも怒るわね」

「それでね、バッハさんのがくふのとちゅうで、オペラかしゅのせんせーのね、嫌いな猫ふんじゃったをひき始めるの。そしたらおへやのまどから猫がたーくさんとんできて、ピアノの上でおおあばれー、わー!」

少女は両手は一斉に上に挙げて、拍子でワンピースのリボンが遂にほどけて、短く切り揃えられた髪がスカートの裾のように一瞬舞い上がってからすぐに元通りに収まった。

「先生、きっとすごく困っちゃうでしょうね」

母親は相変わらず前をまっすぐ見詰めて歩いている。右腕の腕時計をチェックし、少しだけ歩調が速くなった。

「もう時間がないわ、速く歩いて」

「ねー、ピアノのレッスンいかないとダメ?」

「駄目よ、何度も言ってるでしょ。お友達もみんな頑張っているじゃない。もう少し我慢なさい」

「わたしあのきょうしつ好きじゃない。あおちゃんはピアノなんてやらなくてもぜんぜんへいきだって」

「好きとか嫌いとかの問題じゃないの。やらなきゃダメなものはやらなきゃダーメ。インコのあおちゃんはお友達に入りません」

「あおちゃんはお友達だもん。この前ねー」

「分かったからさっさと歩きなさい。先生が待ってるわ」

母親はいつも優しいけど、時々このように不機嫌になることが少女を戸惑わせた。まるでいつもの母親がどこかの森のカラスに攫われて、母親の体に怖いカラスの化け物が棲みついたようだ。

「来月引っ越すから、それまでにピアノのレッスンは続けるのよ」

少女はだんまりして口を聞かなくなった。彼女は彼女のインコのことを考えていた。インコは彼女の7歳の誕生日に母親に籠と一緒に与えられたものだった。非常に薄い黄緑色をしていて、丁度母親がその日に着ているブラウスと同じ色だ。

インコの名前は彼女が付けた。きれいな黄緑色を表す名前を調べてみたけど、なぜかあおが一番ぴったり似合うと彼女は思った。あるいはその色は、見る人によっては青だと感じるかもしれない。彼女も名前を呼んでいるうちに、本当に青色に見えてくることがときどきあった。

彼女にはインコがいて、整理整頓された六畳くらいの部屋には使い切れない量の色鉛筆とイルカ図鑑がある。部屋の窓からは大きな川、清潔な町、遠くに見える高架橋と定時に通る赤い電車、地平線の向こうの名も知れない山々などが見えた。そこは間違いもなく彼女の世界であり、世界は彼女のためのものだった。

彼女はまた引っ越しの事を考えた。それは引っ越しを言い渡された日から、何度も考えたことだった。なんで引っ越さなきゃいけないのだろう?きっとそこにはまた「おとなのじじょう」が絡んでいるのだ。全く「オトナノジジョウ」と言うのはいつも彼女の世界を混乱させる。今度は世界をはんぶん奪い去ろうとしていた。彼女がダンコキョヒしても、「オトナノジジョウ」に勝つことはなかった。嫌いな給食のメニューやきつい革靴、社会の勉強など、肝心なときは全く歯が立たなかった、歯医者も含めて。

彼女は引っ越しの日のことを想像した。彼女の部屋との別れなら、良く晴れた朝がいいと思った。できれば桜がまだ咲いていた春が良かったのだが、そこまでは無理強いしないことにした。彼女は彼女の世界を半分だけ段ボールに入れ、残りの半分をそこに残し、新しい住民に引き渡すことになる。彼女以上に、あの半分だけ残された世界と上手くやっていける人間などいるのだろうか?半分の世界がどのような扱いを受けるか彼女は心配していた。窓はいつも閉まっていて、シミの付いた安いベージュのカーテンが取り付けられて、壁のあっちこちに画びょうが刺さるかもしれない。彼女のお気に入りの黒い檀木の本棚にはろくでもない本や退屈な本ばかり囚人のように整列されてしまうかもしれない…でも何にせよ、父親の一声で彼女は空っぽになった部屋から出て、二度と戻れなくなるのだ。

考えているうちに彼女は泣きだしてしまった。母親はよくあることのように、足を止め、日傘を肩に掛け、無言でハンドバックからハンカチを出し、しゃがんで彼女の顔を拭いた。ついでにほどけたリボンをきちんと締め直した。そして母親は立ち上がって、泣き止まない女の子と公園の中を歩いた。

 

 

守るべきもの

19歳、私は上京して、小さめのアパートに住むことになった。初めてその場所を訪れたとき、私は都会から少し離れた、あんまり辺鄙ではなく、かといって賑やか過ぎないその町のことが気に入った。通りかかる通行人の少し呑気な顔や、街角でうろつく大儀そうな野良猫、点在する公園とちょっと多すぎるカラスは自分の性に合っていた。私はその町のことが割と好きだった。

 

何よりも、その町には大きな観覧車があった。朝の通勤路や昼の買い出し、夜のランニングまで、観覧車はいつも決まった方角で、決まった速さで回っていた。平日も休日も休むことなく、雨の日でも炎天下でも、月が掛かったりしても全く気にしない風に回っていた。私は昔から観覧車のことが好きだった。一度も乗ったことがなかったが、その壮大さや悠然とした時間の流れに非常に惹かれていた。私はこの町をいつか出るまでに、その観覧車に乗っててっぺんから街を、海を、自分の住む世界の在り方を全部見尽してやろうと思った。できれば好きな女の子と一緒がいいな…とか思ったりした。

 

私が22になった頃、いい感じの女の子がいた。それはあくまでもいい感じの関係であって、それ以下でも以上の関係でもなかった。私たちは偶に飲みに行き、終電まで語って夜道を一緒に歩いた。彼女は終電を逃さない人間なのだ。

 

ある夜、私達が駅まで歩いていると、丁度目の前にライトアップされた観覧車があった。随分遅くまで回っているなと思って私がぼんやり見ていると、彼女は確か、「なんでみんな、あんなものに乗ろうとするんだろうね」と言った。あるいは「誰があんなものに乗りたいんだろうね」と言ったのかもしれない。どっちにしろ言ってることは同じだ。彼女はそういう口調を持った性格で、そういう乗り物に好んでは乗らない質なのだ。「高い所が見たいからじゃない?」と私は適当に答えた。私は好きなんだけどなあ、観覧車。「そんなもんかあ」と彼女は言って、私たちはそれ以降何も話さなかった。

 

翌日、結果として、私は観覧車に乗ることになった。仕事帰り、ふらついていたらたまたま通りかかって、丁度暇だったのだ。私は単純な好奇心で一人で切符を買い、ひとりで階段を上り、ひとりでゴンドラを待った。スタッフはひとりで観覧車に乗る客を見てもそれほどおかしな顔をせず、前のカップルと寸分違わぬ調子で私を案内した。口角の上がり方までが自然そのものだった。一人で観覧車に乗る客はそう珍しくないのだろうか?彼らはそれぞれ何を思って一人で観覧車に乗るのだろうか?どんな気持ちでゴンドラに踏み入れ、どんな気持ちで戻ってくるのだろうか?

 

ゴンドラは狭いとも広いとも言えなかった。席のペンキは少し剥げた部分があり、窓ガラスは汚れや傷がついていた。私が道を歩く人間の顔や、ビルの看板、港の船などを眺めているうちに、あっという間に観覧車の頂に辿り着いた。あっという間過ぎてほとんど気付かないくらいだった。街の景色は予想を超えなかった。そこは私がいつも住んでいる町であり、少し遠くに海があり、その先は見えなかった。陽が落ちるせいか町は少し薄暗かった。私は何ひとつ町について、自分について新しく発見することができなかった。それはいつもの町であり、自分の住む日常であり、それ以上何も私に与えてくれない。自分が高い所に居る自覚もなく、そこが本当に頂点なのか確認する間もなく、ゴンドラは反対側に落ちていった。私は空中から町に落ちていくのを感じた。落ちるときのスピードは、登るときよりもさらに、何倍も速かった気がした。そして私は来た時のプラットホームに戻り、スタッフに少し先に見たものと同じ笑顔で迎えられ、同じ足取りで家路についた。

 

あれからいい感じの女の子とは疎遠になり、町も日に日に色褪せていた。私は観覧車が目につかなくなり、日常から一つ星が消えたのに気付いた。私は何がなんでも、あの時に観覧車に乗るべきでなかったのだ。うまく言えないが、私はまるで何年も丹念に描いていた絵画を、いかにもミーハーっぽい中年の太った女に何度も値下げ交渉されて、安値で売ってしまったようだった。

 

多分私は、自分の中の観覧車を現実から守る必要があった。ちょっとひねくれた女の子や、日常の退屈、無感情になっていく自分とか、誰からも侵略されないひっそりとした離島にそのイメージを隠さなくてはならなかった。小さい頃の夢とか、初恋とか、思い出のレストランとか、ふるさととか、そういうものは力づくで守る必要があるのだ。私は今までどれだけのものを侵食されてしまったのだろう。そしてこれからも様々な大事なものが失われ、運が悪かったらボロボロに砕けたまま、頭にこびり付くのだろう。私は私の理想の世界を、現実の自分のためにも、綺麗なままの状態にしておきたい、そう思ったのだ。

 

そう思いませんか?

 

 

 

タイトルは劇場版ポケモン主題歌から

守るべきもの - ニコニコ動画

 

 

 

迷いとか決断とか

自分は一人ベルトコンベアの上に居る。

いつからそうしているか覚えていない、誰かに言われているのかもしれないし好きで乗ったのかもしれない。とにかくベルトコンベアから下りることができない。できないと言うよりめんどくさいのだ。下りたら完全に行くべき方向がわからなくなってしまう。だから決まった方向に進むベルトコンベアはすごく楽ちんでいい。

私は胡坐をかいて座っている。ベルトコンベアは午前4時の森のように静かに回転している。始点は見えず、行く先の見えない、周りが霧に囲まれているけど、そんなに不安をそそる霧ではなかった。どちらかと言うと、子守歌のように緩やかで、羊水のような温かみがあり、温泉の湯気のようなものだった。私はベルトコンベアの上で寝ころびながら考えた。それはきっとどこかに行き着くはずだ。一つの方向に、自分の求めているものかどうかは確信できないが、そこに行き着けばそれを受け入れようと思っていた。

 

ベルトコンベアは音も立てずに回っている。ゆったりとした広さのあるベルトの上に居ながら自分は心地の良さすら感じていた。周りの風景は絶えず変化し、偶に猫までやってくる。春にはうららかな陽が差し、夏にはスイカ畑を通り、秋には銀杏の葉を集め、冬にはベルトの上にささめ雪が積もった。しかし自分の周りにはいつも薄い霧に包まれていた。霧はしつこくベルトコンベアに付きまとい、何かの生物の集合体のようでもあった。

 

ある寒い冬の早朝に、私が深い眠りから浅い眠りへ、そしてあやふやな目覚めに囲まれた間に、今まで自分の四面を囲んでいた霧が突如と煙のように消えていたのだ。視野の広まりに追いついていけなかったが、立ち上がり恐る恐る周りを見ると、自分はどうやらとてつもなく高い崖、城壁のようなものの上を移動していたことが分かった。は、慣れた方向は万里の長城のように遠く、壁の上に春の草原があって、夏のスイカ畑があって、秋の枯れ葉が積もり、冬の雪が残されていた。壁面には針葉樹が所々思わぬ方向に向いて生えており、森や林を成している。さらに壁の下を見ると…水のようなものが見えた気がした。というのも、水はひどく透明であり、そこに水の存在を気付かせないくらいの静かな水面があるからだ。自分でも良く晴れた晴天では辛うじて水面に映る青と、白くて細い雲が見えたが、荒れた日や霧が重くなると一気に崖の下が見えなくなるのだ。そうゆうときは、針葉樹がざわつき、風が吹き荒れて大体下を見る気にもなれないけれど。

行く先をよくよく見ると、今度は100メートル程先に霧がかかっていた。そこには一つの塔があり、それが隠れるか隠れないかのところに霧がかかっている。100メートルと言うのは、100メートル走で速くて15秒、歩いて3分程、ベルトの上で10分程だ。私は急に恐ろしくなった。今まで崖の上にいたなんて夢にも見なかったからだ。この先には何があるのか、もしかしたら崖の端が塔の先にあるかもしれないと思ったら、恐ろしくて身震いがした。私はベルトコンベアから下りようとしたが、体は金縛りのように固くベルトの外に踏み出すことができなかった。その感覚は昔、嫌で乗ったジェットコースタが発進したときの恐怖や、落とした茶碗が割れると気付いた瞬間のような、何度も経験してきた、一種の後戻りのできない絶望を全身で味わうものだった。…どうして10分で辿り着く先なのに、朝と夜がやってきて、この時間が永遠に続くような錯覚に堕ちるのだろうか。ベルトコンベアは間違いなく、スピードを落とさずに進んでいる。100メートル先も、間違いなくそこにある。塔は動かないし、霧は後に引かない。夢と目ざめは変わらずやってくるのに、どうして時間がますます輪ゴムのように、茹でられた麺のように伸びていくのだろう。

この地獄が速く終わってほしいと願えば願うほど、私には戦う時間を余儀なく残されることになった。誰がこんなことを仕込んだのだ?何一つ決断をしてないように見せかけて、ベルトの上に残ると決断した自分のせいだろうか?私には今から戦う自由があるし、戦わないことを選択する自由もある。しかしその自由は、選択する前より、自分自身が持ちうるものだったのだろうか?私にはどれだけの可能性が残されていて、どこまでの有限性を含んでいて、その程度は、いつ、どのようにして、誰に自由と定義されたものだったのだろうか。

私は自分の体と格闘し、何とかそこから一歩を踏み出そうとした。全身を大の字に伸ばし、どこまでベルトからずれる事ができるか試してみたりした。逆走を試みたり、周りに落ちてるもので、崖から落ちた時に使えそうな縄や枯れ木を探したりした。そういうときに大体壁の下の水面が酷く濁って、自分の一挙一動を映した。私は遠くに映る自分の影を見て、ひどく阿呆らしくなった。私はなにと戦っているのだろうか?国か、社会か?人の目か?それとも自分の頼りない自尊心か?敵はどこにいるのだろうか?そもそも、敵などいるのだろうか?静かに目を閉じると、小さい頃に遊んでいた水車の事をよく思い出した。水車はただそこに居て、水を汲み、周り、また水を汲む。川がそこにある限り、水車は回り続ける。私はひたすらその様子を眺めるのが好きだったのだ。

何もかも諦めた日は、偶に晴天が現れ、城壁にはツバメが巣を作っていたりした。こんな日がいつまでも続けばいいと思った。しかし夜になると再び恐怖が訪れ、私は眠れない夜に周りの音に耳を立て、敵の一挙一動に神経を巡らせていた。

 

そうしているうちに私は塔の下に来た。それはいきなりだった。気付いたときには何もかも終わっていて、私がしてきたことは全て何てことのなかったように、遠く向こうの壁の端に記憶がこびりついていて、私はそれを拾うのを忘れたようだ。ひどく混乱していた気はするが、細かい事はほとんど覚えていない。

塔は目近で見るとそれほど立派なものでもなかった。橋から見たタワーブリッジの半分くらいの高さで、上が円錐型になっている。城壁と同じくらいくすんだ色で、塔と言うよりも、丁度亀の甲羅のように、城壁の骨格が何らかの原因で上まで延び、塔の形を成した建物になっているだけだった。私は前にも何度か、このようないびつな建物の下を通過したことがある気がする。赤レンガのきれいな塔で、ドームの先端に旗が付いている城塞のようなものもあった。しかしそんな印象や記憶は今となって、あんまり大事ではないように思えた。

私の身が塔に近づいたとき、塔は私にこう言った

 

「よう、いらっしゃい。そして行ってらっしゃい。君は何かを選択したように見えるが、その決断は一つの過程に過ぎず、これからも迷うことになるだろう。健闘を祈る。」

 

塔は何ともない風に、歯切れ良くそう言った。もし人間だったら、きっととびっきりの営業スマイルを浮かべていただろう。そして今まで沢山の人間が、塔の下を通て来たのかもしれない。ヨーロッパのお姫様が住む立派な塔にせよ、みすぼらしい犬小屋のような塔にせよ、塔かどうかも分からない何か大きな壁が崩れた跡にせよ…私たちは皆、そこを通て来た。どの塔も変わらず、歯切れの良い発音で、いらっしゃい、行ってらっしゃい、ご健闘を祈りますと言う。そしてこれから先、何度もそれらと戦わなければいけない…塔や、城壁と、ベルトコンベアと。水面上の自分も、水面に映る影も。

 

塔の先には霧がなかった。そこは断崖でもなかった。その先に城壁はひたすら続いていて、また新たな水面上の世界になっていた。

変わらないものについて

中学校の同級生の話。

多くの田舎の中学校と変わらず、私が通っていた所も随分閉塞した環境であった。一学年には四つのクラスがあり、一クラス30人と言ったところだ。往々にして小学校で馴染みが出来上がってた連中ばかりで、外地から引っ越してきた子や少数派の小学校出身の子は肩身が狭かった。私は丁度少数派を占める小学校の区画地域に住んでいたが、あと一丁や二丁違っていたら多数派の仲間入りをしていたわけだ。

大方の予想通り、いじめの標的というのはこのような少数派に向けられやすい。さらにふるいにかければ、少数派で内向的な、運動部に入っていない、何らかのいじりがい―例えばニキビが少し多かったり、吃音症だったり、足が遅かったり、そのような些細なことで良い―があって、さらに酷く内気だったら完璧かもしれないが、そのような子は皆のお楽しみの一環に巻き込まれるのだ。それで私は特段ニキビが多いわけでも吃音でも足が遅いわけでもないが、入学時にある前途有望なサッカー少年の名前を間違えたせいで半年に渡るクラス全体、と言ったら言葉の綾になるが、カースト層の上位から下された暗黙の了解による、クラスからの空気扱いを受ける羽目になった。その少年の名前は確か一郎とか二郎とか、そんなありきたりなものだった気がする。

入学してから二回か三回目の席替えで、私はクラスの真ん中の席で、水戸と言う少年の隣になった。その席は本当に教室のど真ん中にあると言って相応しく、私は生まれて初めての社会的な居心地悪さを体験した。次の席替えまでの約二か月をどう過ごすかも全く想像が付かなく、体の周り360度自分を取り囲む空気がひたすら重くなる感じがした。

隣になった水戸は卓球部で、クラスで余り目立つ方ではなかったが友達が少ないという訳でもなかった。なんでもそつなくこなし、成績は中の上で、美化委員で小学校からの仲の親友が二人いる。絵が特に上手く、美術の授業で彼の校舎のスケッチを見た時に度肝を抜かれたくらいだ。青縁の眼鏡を掛けている、健全で立派な優等生である。

だから彼が私に話しかけてきたときに、私は耳を疑った。給食の間で教室がうるさかったのもあるが、他のクラスにいる知り合い以外に私に話しかけてくる人などいないからだ。私は大の勉強嫌いで、理科や算数の話はできない。鉄道に関するオタクらしい知識も持ってない。手先が器用で技術の成績がちょっと良いくらいだ。彼が何の用で私に話しかけてくると言うんだろう?私は思わず彼の一重の両目を覗き込んでしまった。メガネのフレーム越しに見える彼の一重はすっきりしてて、嫌味がないものだった。そうしているうちに返事に戸惑っていると、彼からもう一度話しかけられる。

「オレンジ、いらないなら僕が貰っていいか?」

その日の給食はカレーうどんにシーザーサラダ、オレンジフルーツだった。私はいつもオレンジを残していた。昔から苦手で、どうも食べる気にはなれない。唯一食べれないものであり、その白い筋から酸味の溢れる粒まで全て受け付けない。それを連想させるオレンジ色もあんまり好きではないのだ。自分の嫌いなものを好きな人間が世の中に沢山いるのだと改めて気付き、なんだか自分だけが離島に島流しされた気分だ。私はオレンジを彼に渡した。

「サンキュー」と彼は言って、おもむろにオレンジの皮を剥がし始めた。

「僕はこのメニューが一番好きなんだ。カレーうどんとオレンジが一番好きでさ、まじ俺得メニューなわけ」

オレンジの皮を剥がしきると彼はそれを自分のオレンジの皮の上に重ねた。「君はオレンジが好きじゃないんだよね?」オレンジの実をかじりながら、彼は私の額辺りを見ながら聞いた。

「うん、」声が口から押し出されるのを感じながら答えた。「トマトは食べれるんだけどね。カレーうどんも好きだよ」

カレーうどんは奥が深いんだ、」と彼はオレンジを食べきって、両手をティッシュで拭いておもむろに話し出した。「カレーの味が濃すぎても、出汁が強すぎてもダメなんだよ。僕は色んなカレーうどんを食べたことがあるけど、給食のは結構いけるよ。」

「カレーとうどんを混ぜるだけじゃダメなのか?」

「駄目に決まってるよ。お茶漬けを作るのにご飯にお茶を掛けるのと同じだ。美味しいカレーうどんは、カレーと出汁が相乗効果を作るんだ。」

「ソウジョウコウカ?」

「そうだよ、ウィンウィンだ。どっちが勝っても負けてもいけねえ。助け合うんだ。」

「何だか言われてみると、凄い食べ物に思えるよ」

「すげーだろ?それはもう、和洋折衷の革命だよ。これで君もカレーうどん党の仲間入りだ」

「他に誰かいるの?」

「きみとぼくのふたりさ」

 

私はここまでカレーうどんについて熱弁する人を見たことがなかったし、カレーうどんについてそこまで深く考えたことも勿論なかった。我々はそれ以降給食の時間や美術の授業で良く話すようになり、彼の趣味のジオラマ製作の話、面白いマンガの話、嫌な先生やタイプの女の子まで、席替えの時まで飽くことなく話し続けた。私はゆっくりクラスでの存在感を取り戻した気がした。

10年経った今、彼は眼鏡を外してコンタクトを付け、鉄道員として生活しているが、私の中の彼はカレーうどんが好きなあの頃のまま、青縁の眼鏡のままだった。社会人としての彼に何度か会ったことはあるが、どうも記憶が強く脳裏にこびりついて書き換えできない。

彼は今頃何をしているのだろう。鉄道員になった彼は、果たしてまだカレーうどんとオレンジが好きなのだろうか?私は狭いワンルームの部屋のキッチンでカレーうどんを作りながら、変わらないものについて考えた。

 

アンビバレンス

私の中には多分、大きな背反が相克しながら住んでいる。平手友梨奈がふらふらと終わりのない小径の壁にぶつかったり倒れたりするように、今までにない大きな力が要る作業に取り掛かっている。

 

自分の現実と夢の背反、他人への感情の背反、外向性と内向性の背反。沢山の矛盾が衝突し、降伏し、また生産され、私は自分が大きな精神的な節目にあることを知る。

 

大人と子供の間、男性と女性の間、理系と文系の間、古典とモダンの間、純文と大衆の間。

 

様々な選択肢が耳を澄まし、闇の中でわたしの理路脈略を監視し、矯正しては破壊する。

 

「破壊的創造の時間ですよ、少年」

心の中の大人がそう言う。

でも私はもう少年ではない。ホールデン・コールフィールドのように迷える年でも環境にもいない。やるべき事は現実において行かれないように夢を再構築、置き換え、時によっては破壊することであり、感情を論理で仮止めすることであり、笑顔を武装して中身を少しでも隠すことである。

 

アイデンティティを考てる時間などない、未来は特急電車のように自分を通り抜けて過去と混ざり合う。発芽の時期に間に合わなかった種は二度と芽を出せなくなるし、最終電車に乗り遅れたら家まで歩いて帰るしかない。

 

「そうだろうか?」

心の中の少年が問いかける。

私はこの先も大人の振りをして生きていくかもしれない。でも今のままではいられない。ライ麦畑に住むことはできない。ここは崖から落ちてでも挑まなくてはならないポイントなのだ。じゃないと私は21歳の時間に閉じ込められてしまう。現実だけが進み、夢はひたすら深みを増し、自分が両方のズレに圧迫されてしまう。

 

「力業でどうにかできる問題ならいいんだけどね」

そして私は深い深い眠りについた。自分の夢を訪ねるように。

僕が何かを目指すわけ

勉強はあんまり得意な方ではありませんでした。学校の勉強は実に面白く興味をそそられましたが、英語と国語を除いて、勉強せずともいい成績を取れたものはありません。いつも通り授業を受けるだけでは、物理や数学はそんなに分かったものではありませんでした。どれも実に哲学的で奥が深いものだったのですが、残念ながら僕にはセンスがなかったのです。

代わりに僕は放課後になれば学校の、同じ地域の高校に比べたら比較的に広めと言える図書館に足を運びひたすら文学を漁っていたものでした。図書館の特有なシックハウス的な、インクの匂いはそんなに好きではありませんでしたが、懐かしさを感じさせます。古い本を開いたときの、カビの混ざった甘い木材の酸化した匂いは眠りを誘うもので、いつの間にか広いテーブルでうつ伏せになってうたた寝しているときがありました。その時僕は、まるで頼りない円木に寄りかかって、東南アジアのどこかぬるま湯のような海の上を漂っている感じがしたのです。そのうちぽつりと雨滴のような音が聞こえると決まって目が覚め、テーブル一杯に橙色の夕日が窓から降り注いでいたものでした。

もう一つ僕なりに心が落ち着く場所は部活のアトリエです。僕は絵を描いてる途中、どことなく自分の中に潜む自由な子供が気の赴くまま転がるのを見ているような気がするのです。イーゼルを立て、キャンパスを置き、絵具の匂いを嗅ぎながら色を混ぜ、真っ白い布地に載せていくのは一種の儀式のような作業です。それから絵を描く途中で僕は心の中の幼い自分とどこまでも向かい合って対話し、ときに叱りときに慰め、自分が本当に自分なのかを確認していくのです。あまりうまく描けないときや、心がざわついているときは、描くのをやめて端にあるボロボロなソファーに座り、窓の外を気が済むまで眺めているのです。目が見えなくなったり、手が使えなくなったら僕は気が狂ってしまうと思うんです。

僕は昔から少し周りと馴染めなかったのです。クラスの友達は皆優しい人で、それに幾分か大人びて頭の良い人達でした。だから彼らは僕に優しかったし、例え僕が何かその場にそぐわないおかしなことを言っても、それを薄いベールでふわっと包んで流してくれたり、または敢えて笑いに変えて空気が固まらないように気を遣ってくれていました。彼らは実に大人で、器用な人達だったのです。しかし僕は彼らの優しさに触れる度、なんだったら同じ空間に存在しているだけで、自分に欠けた何かを意識せざるを得ませんでした。それは太宰の持っていたピエロ的な世渡りの良さだったり、建前という社会的常識の欠如だったり、さらに内面について端的に大雑把に言えば、僕はどこかおかしかったのです。特別でもなんでもなく、引っ込み思案や「コミュ障」を超えたアスペルガーのようなおかしなものが嫌でも浮き彫りになっていたのです。

高校三年の進路選択を迎え、僕は僕のために何かをしなければいけないと思いました。精神病院に通うとか、受験勉強を頑張っていい大学に入るとか、そのような事ではなく、もっと根本的な、自分の救いになるようなことをしなければいけないと思いました。病気になっているわけでもないし、知的障害でもアスペでもないが、僕は自分がどこがおかしいのか特定しなければいけません。それは精神科に通って薬をもらってホルモンを調節するのとは別の話なのです。それは僕自身にしかできないことであり、もしかしたら一生をかけても分からない事だったり、青年期特有の自意識の膨張だったり、誰にでも訪れるものなのかもしれません。でも僕はやはり自分の救済を、したい限りしなければいけないのです。

そしてその救済の過程が僕なりの人生を表していることを僕は知っているのです。

やさしい歌が好きで

彼はこちらへ見向きもせずに、鍋の中のおでんをつついて、ちくわを口に運び頬張っていた。呑気そうな瞼と裏腹に、彼がつい先程こぼした言葉に私は戸惑いを隠せなかった。

 

「卒業したら地元に帰るってどういうこと?東京で仕事を探すんじゃなかったの?」

自分の声に確かな焦りを感じながら、彼はやっとのことおでんから目を離しこちらを上目遣いで瞼をぱちぱちさせながら覗いた。少しバチが悪そうな顔をしてちくわを喉に押し込み、箸とお椀をきちんとこたつの上に置いた。伸び切った髪を手で撫でながら、目を少し泳がせている。

 「…ごめん、今はもうちょっと時間が...ほしい」

いつも通りの柔らかい口調で目を伏せる彼を横目に、私は心の内に堪えられない何かが沸き上がるのを感じた。もう、勘弁してほしい。溜息が自然と口から漏れ、一方でこんな正直な自分のことを少し嫌いになった。

大学を二年留年した彼と出会ったのは半年前のことで、ゼミの休み時間にいつもヘッドホンをしてる不思議で窮屈そうな人だった。興味を持った私は夏休みに彼を図書館に誘うことに成功し、何度も互いの家を行き交ううちにその煮え切らない態度を見かねて自分から交際を申し込んだ。秋になると四年生の彼は卒業論文に打ち込み、パソコンと睨めっこする彼を傍らに私はたいそう退屈にしながらいつも彼の本棚を漁った。ヘッセ、サリンジャー、オースター、サンテグジュペリに、中原中也の詩集と、村上春樹のハードカバーが全巻。

「卒論は進んでるの?」

私が鍋の中の最後のがんもを取ると、彼は立ち上がりパソコンの前に座った。マウスのカチカチした音が聞こえ、キーボードを打ちながらだるそうに「うん」とだけうなずいた。「まだ色々読まないといけないから大変だけどねえ」

鍋と食器を片付け、低い折り畳みテーブルを拭いて戻す。クローゼットを開け、背伸びしながら棚の上の布団を掴む。ずらしながら引っ張っていると、彼がどこからともなく現れて布団を抱え出してくれた。

夜が更け冷えてくる6畳間の端に私は布団を敷いた。彼は無言でパソコンの前に戻りキーボードをカタカタさせた。布団に潜ってスマホを取り出し、うつ伏せで友達のインスタ投稿の文字を読まずに画像だけをスライドさせる。背の低い本棚がありマンガの背表紙で目が眩む。布団のすぐ後ろには高い本棚を隔てて彼のベッドとパソコンがある。そこに彼がいて、トイレに行くときだけこちらを通る。

スマホを切って、枕の横に置く。することもなく天井を見上げ、明日のことを考えながら彼が寝るのを待つ。隣で寝る訳ではないけれど、ただなんとなく待っている。

うとうとしているうちに、部屋の電気が消えた。パソコンの冷えた青い光が中途半端に高い本棚を超えて部屋に溢れ、キーボードのカタカタした音が部屋を余計静寂にさせた。

寝返りを打って、流石にもう寝ようと決め、高い本棚の上から見下ろしている『国境の南 太陽の西』におやすみと言ったものの、村上春樹なんか読むもんかと心の中ではささやかな反抗を唱えた。来年の春に、彼は地元に戻り、私は就職活動を始める。

本棚からは、おやすみの代わりに「戦場のメリークリスマス」が流れてきた。

 

今夜はクリスマスイブである。