生々流転

日々の生活

夏という季節

夏は非日常的だ。

昔から夏は特別だった。暑苦しいのは好きじゃなかったけど、夏が来ると夏休みと誕生日が近い。プール開きに夏期講習、夏祭り、花火、夏の甲子園。青春の代名詞であり全てのハレと娯楽の集い場所で、嫌いな学校から遠ざかれるし、好きな事を好きなだけする事が許される。

 

20代になっても、夏は特別な季節。ふと往事を思い出したり、新しい事を初めてみたり、バーゲンと飲みで羽目を外したり、それは夏だから許される。年中そんな事をしてたら締りがなくて駄目だ。自分の中では夏ならなんでも許される。1日中雲を眺めてるのも山手線を乗り回すのも。過去にしがみつくのも。

 

今年の夏はとりあえず遠くの東北の山に行ってみたい。海より断然山が好きだ。山にはやまびこがいるけど海にはいない。泳げないし。

 

まあ、つまりは夏は好きなんだ。

1年ぶりの更新

2018年も半ば。

 

実家で安室奈美恵の神々しさに酔倒されてより6か月

同窓会で悔いだけを残して同窓会から振袖を払い5か月

湯沢の雪の映えるまま温泉に浸りて4か月

京都の月と桜に心の騒がしさ隠しきれずに3か月

卯月の風に憂いを乗せたま新学期を受け入れて2か月

ブラックコーヒーを覗くような行く先に戸惑い1か月

愈々ただ嫌々と時間の底を漂う深海魚になり始め

 

私はなにをやっていたんだ。

自分なりに楽しい半年を送ってきたけど

理想と現実の間には未だマリアナ海溝のように深い溝があって

もう一つの世界線に生きる何もかも手に入れた自分が羨ましい

立ち止まればため息ばかり

未来はブラックコーヒー

遊び人だけど楽しければいいよね

また、誘いに乗ってしまった。

コミュ障、アスペ、年齢=彼氏いない歴のチェリー。また違う男と遊びに行く。

今までご飯や映画に行った男の数だけは数えられるけど、肝心の彼氏の作り方をまだ知らない。いいなと思うことがあっても自分からは告らないし何よりリスクを負いたくない。遊んで終わり、奢られ過ぎて心は微動だにしない。わーいラッキー、浮いた食事代でお洋服が買えるーくらいしか思ってない。飯は美味しいしそれなりに楽しい、それでいいじゃん。

ご飯に誘われたらとりあえず行く。余程生理的に嫌じゃない限り、二回目も行く。だって断れるほど強くないし、気まずくなりたくないし、スケジュールは真っ白じゃ嫌だし、嫌われたくないし。一人も楽しいけど気分転換に友達と出かけたいし、それがたまたま社会人の先輩や男友達だった話。女友達も好きだし、甘いもの食べに行ったりするけど、そっちは奢ってもらえないじゃん。

きっと好きな人と行くならならもっと楽しいだろう、彼氏と行ったらどんなにいいだろう。でもいまは彼氏がいないから仕方ない、妥協して気がない人の誘いにも乗ってあげる、隙があれば誘ってあげる。楽しければいいでしょ、私が。

好きなことより自分にしかできないことを

椎はご存知でしょうか。

 

夏目漱石『三四郎』にも出てくる常緑樹で、葉の裏が金色で風が吹くとよく分かる木です。

そのシイ属の木で、スダジイという種があります。

 

スダジイは元は陰樹であり、日陰が好きなので林の中ではできる限り陰になっている所にいます。

しかし、イスノキという種が生えていると、スダジイは陽樹の役割をします。

日当たりが多い場所しか残されていないので、スダジイは競争をやめたのか、自分が日当たりの所を選ぶのです。そうすることでイスノキもスダジイもめでたく生存できるわけです。

 

このように生物学上では、その種の役割という意味で「ニッチ」という言葉を使います。

自分の好きな場所を選んでばかりでは可能性も少なく、時に身を削る競争に巻き込まれて滅びます。好きだからといってみんなが出来ることをやってばかりでは当然負けるリスクが大きいのです。決して競争がいけない訳では無いのだが、もし好きな事以外に自分にしかできない事があれば、それを職にした方がリスクも低いし成功する確率も大きいに決まっているのです。実際関東ではスダジイはイスノキより優占している(数が多い)。

 

こんな当たり前の正論を述べるなんて自分らしくないが、常々生物から学ぶ事は多いなと思い投稿しました。誰かの役に立てたら幸いです。

六畳半笑話体型~聖なる怠け者の帰還~

 

ほぼ二か月ぶりに更新します。新学期の始まりでドタバタしてたのは逃げ口上で、本当はほとんど読み物をしてないがために書く意欲も失せていました。遅れたが今学期の抱負と部活動について書きたい。

 

今年度から新しく始めたことと言えば、ラテン語の勉強である。あの大名鼎鼎なヘルマン・ヘッセの少年時代を思わせる『ラテン語学校生』を読んだ時から、私はラテン語への憧れを拭いきれずにいた。もう一つは、専攻関係で学名に触れる機会が多いからというのもある。膨らまない胸を膨らませラテン語の授業へ一度飛び込んだものの、人数の少なさといいメンバーに漂う怪しいオーラといい、情弱な私はバイトも考慮して今年度の履修を断念し、自学自習に努めると決めた。一つ言わせて頂きたい、私は決してあの分厚い洋書の難しさと教授の厳しさに慄いたわけではない、決してだ。さあ借りた教科書はいつになったら開くことやら。

 

あとは、私は英語の発音にコンプレックスを持っているがために、BBCニュースを二日おきに詠唱することにした(←毎日やれよ)。緊張して早口になったりスピーチが下手なのは発音云々の問題ではなく気持ちの問題なのは重々承知の上、発音を良くしたらもう少し余裕をもって話せるようになるのではないかと、期待してる。

 

呆れる体型を少しでも改善したく、ジムにも通い始めた(週1~2)。高校生無料は羨ましいが、バイトも始めたのでお金に対する心理上の負担も減る。経済的負担ではなく精神的負担であるのは、お金に困ってはいないが親の仕送りに頼るのが情けなくて仕方がないからである。自分で稼いだお金なら、好きなように使っていいと思う。如何せん家賃と学費を自力で稼ぐ人が出てくる年なのだから。本末転倒しない程度に働きたい(ラテン語の履修を諦めた人間が言う事ではない)。

 

ここでやっと閑話休題今週のお題へ。

私は高校、大学と美術部に属してきたが、大学の美術部は特に緩い。活動といった活動はなく、ほとんどみんな個人で作業をする。家でコツコツデジタル絵を精進させる輩もいれば、新歓以降キラキラサークルに埋没し顔を出してない奴もいる。前までは部長職に就くなど今生御免と思っていたが、世代交代が近くなり部内独裁政治を行うのも悪くはないと思い始めた。好きな時に合宿をし好きな時に部品を注文し、美術室を完全に我が物にしてしまいそうだ。きっと独り占めをしたいために下級生にはあまりスペースを使わせないだろう。そういえば今描いてるもの、今月に完成させたいから、来週はできるだけ残ろう。

 

 

今週のお題「部活動」

香港澳門旅行記

大学に入ってから初めての海外旅行のような気がします。

行ったのは二月末で日本より暖かいと予想したが、前半の香港は普通に寒く(11℃)コートがほしいくらいでした。

香港はいくつかの島に分かれていて、夜景がきれいなヴィクトリアピークから人影が途絶えた無人島のような島までフェリーで行き、その島はいくつかの果物屋と公共図書館が一つ、小さな空っぽな幼稚園と廃棄された家電の山、団地から海へ向かうと海浜には野良犬が何匹も散らばっていて道路を見つめていて、夕方に船乗り場に向かうためにヤシ科の木の茂る小さな山を登り、熊やらイタチやらが出てきそうな空気を一列で切り抜け、頂上に近くなると大きな寝台のような丸い墓がオオオニバスのように道の両側山の斜面に浮かんでいて、丁度たそがれ時なので異様な雰囲気でした。

日が暮れるのを恐れシンデレラの気分で急いで山を下り、五時五十の船に間に合った。日はすでに暮れ、あたりには明かりが点いていた。

乗客の少ない小さいフェリーに揺られながら帰路に立つと、辺りは真っ暗になって波のおかげで辛うじて空と海の区別がつく。

全身で風を感じながら身を欄干の外に投げ出してみると、真っ黒い海の水に何もかもが吸い込まれそうで、海に浮かぶ島はまるで海面に角が生えたようだ。

もう少し運ばれると香港島の港の明かりがぼやけて見えるようになって、何艘ものフェリーの影が紙芝居のように海の上を泳いでいた。

夜の海は、生きている。

国語の教科書に載っていた話をひたすら思い出す

このテーマは長くなりそうだから、何回に分けて書くことを検討している。

 

この記事を書こうと思ったのは大学生協の本棚でヘルマンヘッセ作『少年の日の思い出』を目にかけ、懐かしさのあまり即買いした日がきっかけである。

 

思えば中学、高校の国語の教科書は個人的に好きであった。まだ義務教育だった頃、公立だったので学期始まりの朝の会などにみんなが教室に集まって、クラスの男子が教科書が詰まれた段ボールを運び入れる様、ずっしりとした教科書が一冊ずつ前から回ってきて、その上に油性ペンで名前を書き込むドキドキ感、ロボットのような担任が大声で冊数を確認する声、教室内の喧騒、すべては高校と大学では体験できない趣だった。そんな大事な記憶をも自分はとっくに前に忘れていた。

 

教科書が机の上に積まれてひと段落落ち着いたら、自分は必ず真っ先に国語の教科書を読むのだった。一旦読み始めたら止まらない。それだけはおそらく高校までずっと変わらなかったろう。国語はそれほど好きではないし寧ろ試験の類は苦手だったが、中学の国語の表紙は秀逸だった。

 

知る人ぞ知る、井上直久さんの「イバラードの世界」。こんなコラムも載っていたなんて覚えてませんね…しかし制作過程の写真は衝撃的だったのではっきり覚えてますよ。馴染みのあるものでは『耳をすませば』で雫の小説に現れる背景がそれです。いいですねえ、とても。

 

閑話休題。寧ろ載っていた作品はどれも印象に残りすぎて書ききれないくらいだが、とりあえずクジャクヤママユガの話をしよう。

 

『少年の日の思い出』はヘルマンヘッセの随筆で、改めて読んでみると意外と短かった。なんといっても主人公の罪の意識や、友人への妬み、スリル満載の盗む過程、生々しい心情と動作の描写が思春期の中学生の心にかなり響きます。『それらを指で粉みじんに押しつぶしてしまった。』という結末のインパクトが物語全体の闇を深くさせ、自分が大事に大事にしていたものを、自分の指で一つずつ、粉々に押しつぶす主人公の心の痛みを想像せずにいられない。そして自分も痛い。なんて悲しい思い出だ。皆が皆虫取りに夢中だったわけではないが、中学生なら似たような傷心な経験は一度や二度したことがあるはずである。丁度クラスにエミルという陽気でノリがいい女の子がいたから、クラス内のエーミールブームは一か月しても収まらなかった。

 

訳者の岡田朝雄さんはこれもまた面白い方で、ドイツ文学者で元日本昆虫協会副会長である。あとがきを読むまで知らなかったが、『少年の日の思い出』はドイツ本国ではあまり知られてないらしい。ヘッセの作品集にも全集にも収録されておらず、文献にはタイトルすら出てこない。新聞や雑誌に『蝶と蛾』『小さな蛾の話』として発表されたこともあるようだが、それっきりである。二十年後にドイツ文学者高橋健二教授がヘッセを訪問され、別れ際に渡された新聞の切り抜きにあったのが後の国語の教科書に載る『少年の日の思い出』となった話である。

 

蝶や蛾の話をしたらきりがないが、今回のオチとしては私はこのヘルマンヘッセの随筆集と一緒に一週間香港・マカオ旅行へ出かける事になった。暇つぶしに何かを持っていこうと積み本を漁っていたらこれが出てきた話だ。正直国内さえ回れてないのに海外なんて行くものではないと思っているが、無事渡航できることを祈っている。

 

文庫 少年の日の思い出 (草思社文庫)

文庫 少年の日の思い出 (草思社文庫)