生々流転

少しだけお付き合いください

青年アスペ

やあ、元気かい。お久しぶり。

そういえばさ、俺はアスペ診断がほしいって何度も思ったことがあるんだ。

アスペルガー症候群ってのは、簡単に言えば知的障害のない自閉症。症状はピンキリだし、診断結果は数値化できない定性評価だから曖昧な事もある、しかも普通にしていようと努力すれば一般人と変わらない。それでも病気になるとか、なんだかちょっと病気の定義が分からなくなりそうだよね。これから先も色んな病名が増えているんだろうな...日本人には「ヤマアラシ症候群」という風土病を持ってることになるかもな、あはは。

話を戻すと、俺は生きてるといろんな場面ですごいしんどいと思ったり自分を許せなかったりするわけ。人が話してるのにすぐ頭がぼけーとしちゃうとか、コンビニで20分くらい迷っちゃうとか、自分の言いたいことがわからないとか、電話が嫌いで嫌いで仕方がないとか。電話ってマジ嫌なんだよなあ、向こう側が見えないし、考えようとして黙るとすぐ急かされるし...まあ、色々不器用だから上手く行かないわけ。そんで、偉いお医者さんから「君はアスペ」というお墨付きを貰えば、もっと自分を許せて生きやすくなりそうな気がするんだ。だってただのコミュ障じゃ、もっと頑張れとか外向的になれとか、努力すれば変われるって人に言われるじゃん。それで希望を持っちゃって、自分が変われると思って頑張った結果がどうよ。場の空気読めるようになった、人と仲良くなれるようになったと自分は思っていたのに、相変わらずみんな自分のいないところで「あいつ変だよな」って笑ってるじゃないか。とんでもない、ふざけんな、なんでこうなるんだよ。何でいつも仲良くしてると思ってたやつらにこんなこと陰で言われなくちゃいけないんだ。何でやっと普通に振舞えられるようになった思った矢先にどん底に落ちるんだよ。「さっき言ったこともう一度言ってよ」って笑いながら聞いても(きっとこういうところが駄目なんだろうな)相手は黙り込んでしまう。「冗談だよwww」ってあしらったりしないで真顔で黙り込むのはきついなあ、これはガチだって確信するわけ。俺だってこれくらいはわかるさ。人が話してる事が本気かどうかくらい、わかるようになれたさ、多少はね。もしかしたら他の国に行ったら時間にルーズでも空気読めなくてもいいかもしれないけど、電話はやっぱ避けられないよね。

アスペだったら、親に無理言って美大に通わせて貰えたかもなあ。

「お前は頭は悪くないけど医者も大企業も目指す必要はない、そこそこちゃんとしていてくれれば十分だ。人に迷惑だけは掛けないでくれ、あとは好きにしろ」

この言葉が聞きたかった、親からも自分からも。「好きにしろ」って。無理しなくていいんだって。普通の人と比べなくていいんだって。

好きなだけ絵を描きたいなあ。それで本を読んだり、旅をしたり、好きなロック聴いたり、偶にシャレたジャズとクラシック聴いて、年に一度だけでいいから、特別な日にちゃんとしたフレンチのフルコースを頼んだり。彼女なんて高望みはしないさ、きっと俺なんかと長く付き合える人はいないからよ。こんな贅沢な暮らしをするのに金はいくら必要なんだろう?それは俺が頑張れば手に入るものなのだろうか...?それすらわからないけどよ。

...え、今どこにいるって?

線路の上だよ、もうずっと歩いているけど全然辿り着けそうにないんだ。大丈夫だよ、電車は暫く通らないはずだ。来たって怖くないさ、そこら辺から飛び乗ってやるからよ。それにしても全然先が見えないや、本当にどうしてくれるんだよ。

迷う時間すら与えてくれないのか

生まれてからひたすら忙しくて自分のために生きられた気がしない。幼稚園のあとは小学校、

 

そのあとは中学校、高校、大学、一息ついて

 

就活、就職、転職、そのあとは

 

婚活、結婚、育児、付きまとうものは

 

仕事の心配、老後の心配、健康の心配、

 

人生の悩みって多いなあ。それなのに立ち止まって悩む時間すらないのは変じゃない。すぐに答えを出せ、決断を出せ、優柔不断になるなだのはっきりしろとか言われるし

 

もうちょっとゆっくり生きちゃだめかなあ。ちゃんと納得するまで考えて、悩んで、試行錯誤して

人生でそういう時間が必要な人間は沢山いるはずだ。特に生きにくい人が多いこの国ではね。

 

先生が「どうしても学校に来るのが嫌だったらせめて図書室で本を読んでて」なんて言ってくれる人だったら、

 

上司が「成功することに拘るな、失敗しても自分に言い訳しないように」って戒めてくれる人だったら、

 

両親が「人生は一度切りだから気にしないでやりたい事を貫け」と背中を押してくれる人だったら

 

悩む必要もあんまりなかったのかもしれないけどさ、今更遅いかなあ

 

とりあえず今は、窓の外の雨を見ながらゆっくり目の前のことについて考えよう。

夢千夜

夢日記というものを小さい頃は付けていたものの、日記という作業の煩わしさや毎年増えていく日記帳の管理、毎朝砂金を振るう作業のように寝ぼけながら断片的な夢を辛うじて文字に起こす苦行に耐えられなかった。

それでもやはり夢から逃れることはできない。現実でふと過去に見た夢が刹那的に浮かんできたり、記憶と夢が混交して頭を悩まし、デジャビュの正体を気になって仕方なく、ひいては現実で解決できない問題の答えのようなものを私は夢の中で無意識的に探していることに気づく。

さて、ここに溜まりに溜まった夢を吐き出すことにした。二日酔いのような吐き方ではなく、できるだけ丁寧に、慎重に、コーヒー豆の選別作業のように書いていきたい。嘘は本当に苦手だし、どちらかというと本当の事だけ考えて生きていきたいのだ。

 

 

その一

 

古いアルバムをめくっていた。そこには過去に付き合っていた恋人の写真や、見知らぬ人の名前、仲良くしていた友人が卒業時に送ってくれたメッセージが書き込まれていた。卒業アルバムのようだが、それにしても時系列がバラバラ過ぎる、思い返せば名前が顔に合っていない。田村が西山になっているし、知り合いの名前の上で知らない女の子の写真が載ってる。辞書のように分厚く、両手で抱えるのがやっとだった。私は低い書架の隣に立ってそれをめくっていた。周りはぼんやりとした黄色い光に包まれている。光のせいでアルバムの中身が良く見えないし、私はどうやら何かを探しているようでひたすらページをめっくては翻していた。それでも肝心な情報は一つも得られなかったようだ。

やがて隣に佐々木さんがやってきた。佐々木さんは私が中学の頃に仲良くしていた友達で、数少ない友人の一人だった。活発な子で、肩まで真っ黒な髪を伸ばしている。気が強い子だったが、そのせいか私と同じくらい世渡りが下手だった。好きな作家は星新一で嫌いなものはトマトジュース。私服のシャツとズボンを着ているけど何一つあの頃と変わりやしなかった。

「こんなところで何をしているの」と彼女は聞いた。彼女は私から三歩離れたところで、私の持っているアルバムを眺めた。

「探し物だよ」私は声にならない声で言った。実際声に出てたのは「あうあうや」のような不明確な言語だったのだ。私は少しだけ恥ずかしくなったが、その言葉は彼女にはちゃんと理解できたらしい。

「何を探しているの」彼女の声ははっきり私に届いた。彼女はうまく喋れるようだ。

「それはよくわからないんだ、でも兎に角この中にありそう」私は独り言のように呟いて、アルバムの文字と思わしきインクの痕跡を睨んだ。穴が開く程、目を見開いて見ても全体に薄い油紙が被っているようだ。それでも偶に読める箇所があるのは不思議なものだった。

「君こそ、ここで何をしているの?ここは僕の夢の中だよ」

彼女は特に驚かなかったようだ。私も勿論驚かなかった。それは始めから分かっていたことで、私はそれを彼女に言うべきだった気がしていた。

「佐々木さんは僕の夢の中で僕に話しかけているんだ。気付いてないの?」

彼女は少し歩み寄って、私の手の中のアルバムに手を添えながら読み始めた。あまりにも熱心に読むので私はそれを彼女に引き渡した。

「そうでしょうか」彼女は目をページから離さずに呟いた。「あなたが私の夢の中に居るのかもしれないよ。それにあなたが見ているのは本当の私なの?

私は言葉を失って彼女を見詰めた。本当に佐々木さんと瓜二つの女の子だ。しかし佐々木さんは私に敬語なんて使わない。今目の前にいるの彼女の姿をした何かなのだ。そのようにして私をからかうはずがない。私の目も前の彼女は誰なのだ?そして

 

「じゃあここは、一体誰の夢の中なんだ?」

最後の一言を言う間もなく、私は夢から覚めてしまった。そこにある天井は、まるで他の世界にある、他の誰かの部屋のものに見えた。

 

 

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現実逃避について

現実逃避があるのなら、理想からの逃避もきっとありますよね。

 

小さい頃の夢を諦めたり、結婚や仕事で色んな事を妥協したり、辛いことに耐えるのも現実を受け入れているように見えるけれどもそれは理想を諦めたことにもなりますよね。

 

現実を受け入れなければいけない、折り合いを付けなければいけない、現実から逃げるのは弱い人間がすること。人間は現実に生きていて、そのように脳と精神が世界に適応してきた。現実から逃げて夢ばかり見る人は大人になれない社会不適合者で、弱肉強食の世界では地位と権力とお金を持つ現実に強い人間が勝つ。そう思うのも仕方のない事です。

 

しかし実際はそれほど簡単ではないはずですよね。成功者の中には、少なからず辛い現実をものともしない程に夢ばかり追いかけていた人間だっている。実際そのような努力なくして今の彼らはいません。

 

つまるところ、「現実」はそれぞれの人間にとって意味合いが異なってくるわけです。最近流れてきた話で、高校生が学校を中退し漫画家を目指す事に、プロの方からはやはり反対意見が多い。それは彼女(恐らく女の子だったはず)にとっての現実はやはり高校生活であると、良識ある大人はそう考えるからだ。しかし本当のところはよくわからないから、一度本人に聞いてみるしかないだろう。

「あなたには本当にマンガしかなく、物質的な生活に居る友人や家族を投げ出してまでその世界に取り組める自信はありますか?これからマンガより魅力的な現実が高校生活の先に現れるかもしれないが、それでも漫画家を目指しますか?」などとね。

 

彼女はこれから先きっと苦労するでしょう。特に女の子は大人になるにつれて一層「現実的」になるので、いつまでもネバーランドの住人でいることは難しい。それは生物的に、遺伝子の中にあらかじめプログラミングされている数値で、環境によって多少変わってしまうかもしれないが、三つ子の魂百までという諺に真実に近い正しさを感じずにはいられない。君は何歳になって彼氏が欲しくなって、どんな教科が好きになって、音楽と美術のどちらが得意で、理不尽でつまらない授業に対しどう思うかといったことは予め決められているのではないだろうか。それとも運命論なんて胡散臭いと思いますか。

 

ひとりひとりにとっての「現実」も、きっと最初からそれぞれの心の中にあるはずです。ここで言う「現実」は、ある種の「真実」に近いものだと思ってください。それがある人間にとっては安定した生活を手に入れることで、ある人間にとっては映画の世界の役者で居続けることで、ある人間にとっては自由な旅人でいる事です。お互いの現実は違ってるように見えるけど、よく見るとそれは全部同じことなのです。生き方がどんなに違っていても、生きてることに変わりはないからです。だから人生を旅に例えたり、劇場と例えたり、戦争と例える人もいるのでしょう。

 

自分は辛い時には人生を夢だと考えるようにしています。(怪しい宗教ではないですよ)そう考えると、終わりも見えない苦しさや現実の厳しさなどから一時的に逃れるようになります。すべての夢には終わりがあるように、すべての苦しみにも終わりがあるのです、勿論幸せにもですがそれは考えないようにしたいところだ。そして辛いことが続くと、寧ろ「夢」の方が現実味を帯びるようになってくるのです。小説や漫画、映画や旅、音楽を聴くとき眠るとき…今まで夢だと区別していたものが、現実に切り替わってしまうのです。今まで区別なんてしなければ、こう簡単に変な思考にハマることもなかったのだが…そもそも区別しないのが普通だったのでしょうか?中高の頃に抑圧されてきた自由が、世界が、一気に自分を侵食してしまったような気もします。

 

まとめると、あんまり自分の自然な意思を抑えてまで苦労して何かに打ち込むことは、目的を達成できる代わりに「なにか」から報いを受けてしまうのだと思う。心を殺すと、いつか心からの復讐を受けるでしょう。「現実逃避」なんて単語はさっさと死語になって、それより「現実認識」とか「理想調整」みたいなことを大事にした方がいいのではなかろうか。

夢と現実の境目は

明晰夢をよく見ていた。最近はあまりないが、そういえば学生時代に夢の中で夢だと気付くことは多かった。夢の中で飛ぶことは非常に面白かった。夢の中では、自分は何でもできるのだ。飛べると思えば飛ぶことだってできる。大事なのはイメージすること、想像することである。

 

飛ぶときはまず、体の浮遊感を想像する。全身が軽くなって、まず地面から5センチくらい離れるところを想像する。体重がなくなり、月面に居るようなイメージだ。そうすると体が自然と浮かび上がり、そこから空を飛ぶのは簡単だ。地面が遠くなるところを想像するか、空に近づくところを想像する。そうすると驚くほど一気に体が空に飛ぶのだ。勿論空気が薄いことは頭にないので全く気にならない。無意識的に空気抵抗や酸欠を気にしていたら随分辛い症状が起こるかもしれないが。その頃自分は現実で空に飛べない事に対し非常に飽き飽きとしていたのを覚えている。駅の階段や歩道橋、窓際などで何度も体が浮くところを想像していたのだ。勿論現実では空を飛べないし、大気圏から日本列島を眺めることはできないし、飛行機なしで東京から京都や広島まで飛び街中をふらつくことはできない。思えば暇つぶしにグーグルアースで色んな場所を調べて、その時の記憶が無意識に脳裏に焼き付いて夢に出たのもあるかもしれない。

 

もう一つ、明晰夢でハマっていたというか、面白半分でひたすら飛び降りしていた時期もある。高い建物の上やマンホールの側から、ジェットコースタからなど…わざわざ高い所に行って飛び降りる作業を繰り返していた頃がある。夢の中で飛び降りると、大体最中に記憶が途切れて夢が中断されるのだ。それは自分が自分の体が地面に打ち付けられるところを想像したくないのか、或いは経験がないから想像できないのかが原因かもしれない。勿論そういうことは夢だと分かっていないとできない事だ。さらに言えば、精神状態が良くなく夢と現実を混同した状態でやるには非常に危険だと思われる。

 

さて、ここで一つ疑問なのだが、夢を夢たらしめるものは何だろうか?

 

記憶と夢は非常に近い位置にあると言える。自分に心理学的知見は毛頭も持っていないが、「夢はつまり思い出の後先」なんて粋なことを歌っていた井上陽水に敬意を示さずにはいられない。では、夢と現実の境目はどこにあるのだろうか?

夢と現実は全く背反したものではないのだ。寧ろ一方がもう片方を内包し、それらはマトリョーシカのようにお互いを繰り返し飲み込んでいるように思える。見た夢そのものは現実に起きたことだし、現実に起きた事、起きるかもしれない事が夢として現れることもある。さらにスピリチュアル(私はこの単語があんまり好きではないのだが)なことを言えば、人生そのものが夢だと考える思想は宗教や哲学、物理学などに良く表れる。仮想現実説と言うものなどですね。現実の定義、夢の定義を一度整理しなおさなくてはいけないかもしれない。

 

七つの子

「かーらーすー、なぜなくのー」と女の子は大きい声で歌っていた。彼女の隣には母親がいて、二人は公園の林道を歩いている。平日の公園はかなり空いていて、少女の歌声は木々の間で微かに木霊した。道の向かい側で通りかかる人は少なからず興味を持って、彼女たちのことを控えめに窺ったりした。彼女も彼女の母親も、まるで一旦口から出た声は自分達とちっとも関係ないという風に、少女は歌うことに、母親は歩くことに夢中だった。

「からすのかってでしょー」

母親は今まで娘がそばにいる事さえ忘れていたみたいだったが、やっと自分の娘に目を向けた。母親は初夏の夏に良く似合う、淡い黄緑の半袖ブラウスに紺のスカートを履いていた。二の腕はすっきりしていて、髪の毛をハーフアップできちんとまとめていた。年の割には若く見える装束だったが、化粧は薄く目じりの皺が中年の女性らしさを作り上げた。右手にグレーの小さいカバンを持ち、左手は日傘を差していた。日傘の陰が二人の体を包んだ。母親は低めの白いパンプスを、娘は黒い革靴を履いている。白いパンプスはゆっくり、黒い革靴は速めのリズムで歩いている。

「あら、そんな歌詞どこで覚えたの?」母親は娘に話しかけた。背筋は今まで通りまっすぐに、歩調を落とすことなく、顔だけを少し少女の方に向けた。顔には微かにだけ感じられる、春の陽のようなほほ笑みを浮かべていた。

「かーわいーい、ななーこちゃんが、うたってたーのーよー」

「そうなのね。あの子はまだ、ピアノのお稽古を嫌がっているのかしら?」

「ざんねんながら、そうみたいだよ、マダム」

「マダムというのは、もっとえらいお母さんのことを言うのよ」

「お母さんはえらくないの?」

「お母さんもななこちゃんもえらいね。でももっとえらい人がいるのよ」

「ふーん」女の子は興味なさげにうなずいた。時折ほどけそうでほどけないワンピースのリボンを気にしながら、全く別のことを考えているようだ。

「ななこちゃん、ピアノのレッスンよりも、お絵かきがしたいって言ってたよー」

「知ってるわ」

「なんでレッスンに行かなくちゃ行けないのかなーって。ピアノのがくふを見てると、あたまの中でカエルさんがばくはつするって」

「カエルさんにもう少し我慢してくださいって、お願いできないかしら」

「カエルさんはもうこりごりだって。こりごりのゴリゴリだって。こんどつまんないバッハさんに会ったらなかまを呼んで、バッハさんの巻き毛をめちゃめちゃにしてやるって」

「それはバッハさんも怒るわね」

「それでね、バッハさんのがくふのとちゅうで、オペラかしゅのせんせーのね、嫌いな猫ふんじゃったをひき始めるの。そしたらおへやのまどから猫がたーくさんとんできて、ピアノの上でおおあばれー、わー!」

少女は両手は一斉に上に挙げて、拍子でワンピースのリボンが遂にほどけて、短く切り揃えられた髪がスカートの裾のように一瞬舞い上がってからすぐに元通りに収まった。

「先生、きっとすごく困っちゃうでしょうね」

母親は相変わらず前をまっすぐ見詰めて歩いている。右腕の腕時計をチェックし、少しだけ歩調が速くなった。

「もう時間がないわ、速く歩いて」

「ねー、ピアノのレッスンいかないとダメ?」

「駄目よ、何度も言ってるでしょ。お友達もみんな頑張っているじゃない。もう少し我慢なさい」

「わたしあのきょうしつ好きじゃない。あおちゃんはピアノなんてやらなくてもぜんぜんへいきだって」

「好きとか嫌いとかの問題じゃないの。やらなきゃダメなものはやらなきゃダーメ。インコのあおちゃんはお友達に入りません」

「あおちゃんはお友達だもん。この前ねー」

「分かったからさっさと歩きなさい。先生が待ってるわ」

母親はいつも優しいけど、時々このように不機嫌になることが少女を戸惑わせた。まるでいつもの母親がどこかの森のカラスに攫われて、母親の体に怖いカラスの化け物が棲みついたようだ。

「来月引っ越すから、それまでにピアノのレッスンは続けるのよ」

少女はだんまりして口を聞かなくなった。彼女は彼女のインコのことを考えていた。インコは彼女の7歳の誕生日に母親に籠と一緒に与えられたものだった。非常に薄い黄緑色をしていて、丁度母親がその日に着ているブラウスと同じ色だ。

インコの名前は彼女が付けた。きれいな黄緑色を表す名前を調べてみたけど、なぜかあおが一番ぴったり似合うと彼女は思った。あるいはその色は、見る人によっては青だと感じるかもしれない。彼女も名前を呼んでいるうちに、本当に青色に見えてくることがときどきあった。

彼女にはインコがいて、整理整頓された六畳くらいの部屋には使い切れない量の色鉛筆とイルカ図鑑がある。部屋の窓からは大きな川、清潔な町、遠くに見える高架橋と定時に通る赤い電車、地平線の向こうの名も知れない山々などが見えた。そこは間違いもなく彼女の世界であり、世界は彼女のためのものだった。

彼女はまた引っ越しの事を考えた。それは引っ越しを言い渡された日から、何度も考えたことだった。なんで引っ越さなきゃいけないのだろう?きっとそこにはまた「おとなのじじょう」が絡んでいるのだ。全く「オトナノジジョウ」と言うのはいつも彼女の世界を混乱させる。今度は世界をはんぶん奪い去ろうとしていた。彼女がダンコキョヒしても、「オトナノジジョウ」に勝つことはなかった。嫌いな給食のメニューやきつい革靴、社会の勉強など、肝心なときは全く歯が立たなかった、歯医者も含めて。

彼女は引っ越しの日のことを想像した。彼女の部屋との別れなら、良く晴れた朝がいいと思った。できれば桜がまだ咲いていた春が良かったのだが、そこまでは無理強いしないことにした。彼女は彼女の世界を半分だけ段ボールに入れ、残りの半分をそこに残し、新しい住民に引き渡すことになる。彼女以上に、あの半分だけ残された世界と上手くやっていける人間などいるのだろうか?半分の世界がどのような扱いを受けるか彼女は心配していた。窓はいつも閉まっていて、シミの付いた安いベージュのカーテンが取り付けられて、壁のあっちこちに画びょうが刺さるかもしれない。彼女のお気に入りの黒い檀木の本棚にはろくでもない本や退屈な本ばかり囚人のように整列されてしまうかもしれない…でも何にせよ、父親の一声で彼女は空っぽになった部屋から出て、二度と戻れなくなるのだ。

考えているうちに彼女は泣きだしてしまった。母親はよくあることのように、足を止め、日傘を肩に掛け、無言でハンドバックからハンカチを出し、しゃがんで彼女の顔を拭いた。ついでにほどけたリボンをきちんと締め直した。そして母親は立ち上がって、泣き止まない女の子と公園の中を歩いた。

 

 

守るべきもの

19歳、私は上京して、小さめのアパートに住むことになった。初めてその場所を訪れたとき、私は都会から少し離れた、あんまり辺鄙ではなく、かといって賑やか過ぎないその町のことが気に入った。通りかかる通行人の少し呑気な顔や、街角でうろつく大儀そうな野良猫、点在する公園とちょっと多すぎるカラスは自分の性に合っていた。私はその町のことが割と好きだった。

 

何よりも、その町には大きな観覧車があった。朝の通勤路や昼の買い出し、夜のランニングまで、観覧車はいつも決まった方角で、決まった速さで回っていた。平日も休日も休むことなく、雨の日でも炎天下でも、月が掛かったりしても全く気にしない風に回っていた。私は昔から観覧車のことが好きだった。一度も乗ったことがなかったが、その壮大さや悠然とした時間の流れに非常に惹かれていた。私はこの町をいつか出るまでに、その観覧車に乗っててっぺんから街を、海を、自分の住む世界の在り方を全部見尽してやろうと思った。できれば好きな女の子と一緒がいいな…とか思ったりした。

 

私が22になった頃、いい感じの女の子がいた。それはあくまでもいい感じの関係であって、それ以下でも以上の関係でもなかった。私たちは偶に飲みに行き、終電まで語って夜道を一緒に歩いた。彼女は終電を逃さない人間なのだ。

 

ある夜、私達が駅まで歩いていると、丁度目の前にライトアップされた観覧車があった。随分遅くまで回っているなと思って私がぼんやり見ていると、彼女は確か、「なんでみんな、あんなものに乗ろうとするんだろうね」と言った。あるいは「誰があんなものに乗りたいんだろうね」と言ったのかもしれない。どっちにしろ言ってることは同じだ。彼女はそういう口調を持った性格で、そういう乗り物に好んでは乗らない質なのだ。「高い所が見たいからじゃない?」と私は適当に答えた。私は好きなんだけどなあ、観覧車。「そんなもんかあ」と彼女は言って、私たちはそれ以降何も話さなかった。

 

翌日、結果として、私は観覧車に乗ることになった。仕事帰り、ふらついていたらたまたま通りかかって、丁度暇だったのだ。私は単純な好奇心で一人で切符を買い、ひとりで階段を上り、ひとりでゴンドラを待った。スタッフはひとりで観覧車に乗る客を見てもそれほどおかしな顔をせず、前のカップルと寸分違わぬ調子で私を案内した。口角の上がり方までが自然そのものだった。一人で観覧車に乗る客はそう珍しくないのだろうか?彼らはそれぞれ何を思って一人で観覧車に乗るのだろうか?どんな気持ちでゴンドラに踏み入れ、どんな気持ちで戻ってくるのだろうか?

 

ゴンドラは狭いとも広いとも言えなかった。席のペンキは少し剥げた部分があり、窓ガラスは汚れや傷がついていた。私が道を歩く人間の顔や、ビルの看板、港の船などを眺めているうちに、あっという間に観覧車の頂に辿り着いた。あっという間過ぎてほとんど気付かないくらいだった。街の景色は予想を超えなかった。そこは私がいつも住んでいる町であり、少し遠くに海があり、その先は見えなかった。陽が落ちるせいか町は少し薄暗かった。私は何ひとつ町について、自分について新しく発見することができなかった。それはいつもの町であり、自分の住む日常であり、それ以上何も私に与えてくれない。自分が高い所に居る自覚もなく、そこが本当に頂点なのか確認する間もなく、ゴンドラは反対側に落ちていった。私は空中から町に落ちていくのを感じた。落ちるときのスピードは、登るときよりもさらに、何倍も速かった気がした。そして私は来た時のプラットホームに戻り、スタッフに少し先に見たものと同じ笑顔で迎えられ、同じ足取りで家路についた。

 

あれからいい感じの女の子とは疎遠になり、町も日に日に色褪せていた。私は観覧車が目につかなくなり、日常から一つ星が消えたのに気付いた。私は何がなんでも、あの時に観覧車に乗るべきでなかったのだ。うまく言えないが、私はまるで何年も丹念に描いていた絵画を、いかにもミーハーっぽい中年の太った女に何度も値下げ交渉されて、安値で売ってしまったようだった。

 

多分私は、自分の中の観覧車を現実から守る必要があった。ちょっとひねくれた女の子や、日常の退屈、無感情になっていく自分とか、誰からも侵略されないひっそりとした離島にそのイメージを隠さなくてはならなかった。小さい頃の夢とか、初恋とか、思い出のレストランとか、ふるさととか、そういうものは力づくで守る必要があるのだ。私は今までどれだけのものを侵食されてしまったのだろう。そしてこれからも様々な大事なものが失われ、運が悪かったらボロボロに砕けたまま、頭にこびり付くのだろう。私は私の理想の世界を、現実の自分のためにも、綺麗なままの状態にしておきたい、そう思ったのだ。

 

そう思いませんか?

 

 

 

タイトルは劇場版ポケモン主題歌から

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